人気ブログランキング |

コンディション。。。

自分の「形」を信じる為に、

導き出した「面」を信じる為に、

日々、淡々とコンディションを整える。


その後、振り返った時に「ああすれば良かった、こうすれば良かった・・・」と言うのは毎度の事である。

しかし、その日、その時、その瞬間に導き出した「形」を信じる事が出来なければ終わりだ。

彫刻で飯を食う資格は無い。


「技術が至らない」とか、「見る眼が無かった」と言う事は仕方が無いが、

コンディションを整え、全身全霊で作品と向き合うのは、自分の仕事への責任と、作品に対する礼儀。


「今」に対する礼儀と責任。

「百年後」に対する礼儀と責任。



『「粗雑」という病気は絵からとり払わねばならない。「稚拙」はゆるせる、「未熟」もかまわない。「粗雑」は心の病だからである。』

<日本画家 小倉遊亀の言葉>












# by gizankatoh | 2011-07-26 11:08 | 月鏡

無根拠な自信。。。

自分には出来る。

自分がそう望んでいるから

自分には出来る

自分がそう信じているから


根拠の無い自信と、短いけれど歩いて来た道程を信じて。












# by gizankatoh | 2011-07-20 10:14 | 月鏡

『イツカ、向コウデ』

人生は長いと、ずっと思っていた。
間違っていた。おどろくほど短かった。
きみは、そのことに気付いていたか?

なせばなると、ずっと思っていた。
間違っていた。なしとげたものなんかない。
きみは、そのことに気づいていたか?

わかってくれるはずと、思っていた。
間違っていた。誰も何もわかってくれない。
きみは、そのことに気づいていたか?

ほんとうは、新しい定義が必要だったのだ。
生きること、楽しむこと、そして歳をとることの。
きみは、そのことに気づいていたか?

まっすぐに生きるべきだと、思っていた。
間違っていた。ひとは曲がった木のように生きる。
きみは、そのことに気づいていたか?

サヨウナラ、友ヨ、イツカ、向コウデ会オウ。



長田弘 詩集「死者の贈り物」より。












# by gizankatoh | 2011-07-16 10:04 | 大切な言葉

名もない人々の尊さ・・・

無目的で生きてきた人々の尊さ。

悠久の時の中で、土を耕し、魚を捕り、飯を食らい、

土地の神様を崇め、感謝し、慎ましく生きてきた人々の尊さ。

そのような、尊い人たちの営みにより、歴史、文化は作られてきた。


土に寄り添い、季節に寄り添い、気候、風土・・・

少しづつ、少しづつ、永い、永い年月をかけて積み重ねられてきた。


歴史を積み重ねてきた、名もない人々の営みが

大きな、大きな大木のように、

しっかりと地に根を張り、

太い幹を天に向かって伸ばし、

枝を大きく空に広げている。












# by gizankatoh | 2011-07-15 09:09 | 月鏡

あれから・・・

あの震災から四ヶ月という月日が流れた・・・

自分自身、悲しみと無力感と葛藤の中にあっても「立ち止まってはいられない」という思いから、

意識的にでも変わらない日常を過ごすようにしている。


・・・と言う事を「言い訳」にして、感情を殺して、現実逃避をして、心を「麻痺」させていたのかもしれない。


以前、お昼を食べながらニュースを見ていた。

被災地のニュースだ。

老人が道の上で、海に向かって花を手向け、しゃがみ込んで泣いていた。


目をそむける事が出来なかった。

涙が溢れた。

嗚咽して泣いてしまった。

涙が止まらなかった。












# by gizankatoh | 2011-07-14 12:41 | 3月11日

non title...

醜さと

美しさと

弱さと

強さと

意志と

生き方と

すべて形に顕れる。












# by gizankatoh | 2011-07-13 07:02 | 月鏡

未完ゆえ・・・

どこで道具を置くか・・・


目の前に作品があれば、いつまでも鑿を入れてしまう。

しかし、そういう訳にもいかない。

後になれば、「もっとこう出来た・・・」、「もっとこうすれば良かった・・・」などと言う事は常に付きまとう。


作品に向かい合っている時・・・「許す瞬間」がある。

その時に道具を置く。


それを「完成」と呼ぶのかもしれないが、

心の中では暫定的なものだ。


未完成だから、次の作品を作る。












# by gizankatoh | 2011-07-10 08:18 | 月鏡

歴史を借りた『作品』。。。

自分は歴史や古典を題材に作品を制作している。。。


その時代、時代の習慣や風俗、宗教など背景も学ぶ。

やはり、その時の「空気」と言うものが、その時代の文化を創り出し、それぞれが綿密に絡み合っているのだから、

一つだけを取り出して表現しても「希薄」なものになってしまう・・・と思う。


例えば、平家物語から、一人の武者を制作しようとするとき、

その装束、武具や武士階級の事だけを研究するだけでは、作品が薄っぺらいものになってしまうと言う危惧がある。


装束など時代考証には出来る限り細心を払う。

それでも資料が残っていない事や、研究者の間でも見解が別れると言う事など、解らない事も多々ある。。。

と言う事は以前にも書かせて頂いた。


作品制作の舞台を、平安中期~初期、奈良、白鳳、飛鳥・・・古代、神代、

将来的には中国の歴史にも広げて行きたいと思っていたが

歴史資料の乏しさから、作りたいと思っていても「手が出せない」・・・と畏れていたのだ。


ちょっと前置きが長くなったが、

解らない事は解らない事として、作家自らの「解釈」と「表現力」と「物語」を一つの作品として表現しても良い♪

・・・と言う開き直りにも似た論理に帰結した。

もちろん、出来る限りの徹底した取材は前提。


それは、司馬遼太郎と山岡荘八の話を例に取って話をしてくれた、大阪高島屋の美術担当の方との話から「なるほど」と得心したのだ。

つまり、「歴史研究の資料」と、「歴史を借りた作品」との違い。


自分は資料を作っているのではなく、

自分の思いを歴史に重ね合わせ、日本の美意識や、その裏にある物語、

その人物の心を借りて自分の心を映し、表現するという私自身の「作品」を作っているのだ。


徹底した取材、歴史考証という「土台」の上に、自分の物語、美、ロマンを重ね、形にしていくと言う事です。












# by gizankatoh | 2011-07-02 15:47 | 美術の話

デタラメ・・・

出鱈目な世の中だ。。。


憤るほど、悲しいほど、ため息が漏れるほど・・・

一つ、一つ、挙げたら切りが無いほど・・・デタラメだ。


だけど、私は大丈夫。

私の魂は大丈夫だ。


世の中が出鱈目になるほど、

自分の「輪郭」がはっきりしてくる。












# by gizankatoh | 2011-05-29 09:18 | 月鏡

生き残る・・・

最初から「王道」を歩けない事は解っているんだ。。。


美術畑で育った人達には、私の「言い様」に違和感を覚えるかもしれない。


『不純』?


そんな事は承知の上だ。

しかし、そんな「生ぬるい」事は言っていられない。


ぬるま湯に浸かって、いつの間にか居心地が良くなって、今の現状に満足して・・・

理想ばかりを言って、狭い世界に閉じ籠もって、傷を舐め合って・・・


そんなふうにして、無駄な”面”を彫ってはいられない。

「命」を刻み込んでいるんだ。


崖にしがみ付いて。。。

地べたに這いつくばって。。。


『生き残る事』


批判もあるかもしれない。

しかし、生き残りさえすれば、理屈は後から付いてくる。

消えて行った人間のキレイゴトなど、言い訳に過ぎない。


戦い、研ぎ澄まされ、選び抜かれ、生き残った「ノミ跡」だけが遺る。












# by gizankatoh | 2011-05-24 07:25 | 月鏡

戦うよ・・・

戦うよ 戦うよ 野心の為ではなく

たとい一作でもいいから

本当の芸術を残して死にたいよ



横山大観













# by gizankatoh | 2011-05-15 12:34 | 大切な言葉

『ルオーと風景』展・・・

b0177891_6364121.jpg


「郊外のキリスト」

宗教画で有名な、ジョルジュ・ルオーの風景画を中心とした展覧会、

『ルオーと風景』展を観に、汐留に行った。

大好きな画家の一人。


やわらかな光りだ・・・神の光。

慎ましやかに、生きる人々を包む光。

神々しく感じられるのは、技法や技術だけではなく、

信仰心が、あの絵の深みを生み出していると言う事を、改めて感じた。。。


以前、私の先生が「信仰心がこもると、良い仕事が出来る」と言っていた。












# by gizankatoh | 2011-05-10 07:34 | 美術の話