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電車内で席を譲るように・・・

様々な葛藤がある。


当事者でない自分が、被災地に関わる事で礼を失したくない。


その悲しみや苦しみを解らない自分が、善意をかざして行動する事で、

被災された方の気持ちに土足で踏み込むような事をしたくない。


当事者ではない人間が、人の苦痛や悲しみに入り込み、搾取するような行為を心底憎む。


・・・かと言って、日和見をして、他人事のように知らぬ顔もしたくない。


関わらないという選択肢もある。

それは、最大の保身だ・・・と思う。



自分の行為が「善」なのか「偽善」なのか・・・


思考を停止させる事は良くない。


例えば、ご老人や妊婦さんに席を譲る時に、

その行為が「善」であるか「偽善」であるかなど考えないで席を譲る。


そうして、仏像を刻みながら、他人事ではなく、自分の事として関わって行きたい。

祈りを形に・・・




-縁<ENISHI>- 東日本大震災 仏像奉納プロジェクト
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# by gizankatoh | 2011-09-21 05:43 | 東北に仏像を

生涯にわたって・・・

『-縁<ENISHI>- 仏像奉納プロジェクト』に賛同して下さった方からの報告を読ませて頂いた。

その方は名古屋を拠点にしている放送作家さん。

ボランティアで被災地を何度も訪れており、

今回も、仏像奉納プロジェクトの為に東奔西走、尽力して下さっている。


ご報告によれば・・・


3月11日の大震災で、東北地方だけで、1000ヵ寺以上の寺院が被災された。

その内、全壊や津波による流出の被害を受けた寺院が数十ヵ寺もある。


半年経った今も、ご遺体が見つからず、せめて指の一本でも・・・と切に願う方もいる。


一か月前と変わらない無残な風景。

変わったのは未来に対する不安の深刻さが更に増していたと言う事。。。



・・・仏像奉納の活動を生涯にわたって継続していきたいと思う。




-縁<ENISHI>- 東日本大震災 仏像奉納プロジェクト
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# by gizankatoh | 2011-09-12 14:51 | 東北に仏像を

申し訳ない・・・

同じ日本という国に暮らし、同じ時代に生きながらも、

おそらく、私が生涯のうちで経験する事のない程の恐怖と深い悲しみ、苦しみを経験し、

現在も、そしてこれからも、その喪失感と悲しみは癒される事はないのかもしれません。


正直を申し上げれば、その苦痛は、当事者ではない私には解りません。

到底、心から理解する事は不可能なんです。

その悲しみは、あまりにも大きく、深過ぎます。


それでも、少しでも悲しみに寄り添いながら

私は祈り、彫る事しか出来ないんです。

申し訳ない。。。












# by gizankatoh | 2011-08-15 06:33 | 東北に仏像を

南三陸町より・・・

被災した東北に仏像を奉納したいとの想いに三人の仏師が集まった。

協力してくれる方も集まって来て、少しづつ、その輪が広がってきた。


現地でボランティアをされている方からのメールを読んだ。

南三陸町で被災された方の話が書いてあった。

胸が押し潰されそうな気持になった。


最近ではメディアからの情報も少ない。

断片的な情報だったり、美談だったり・・・はっきり言って「他人事」だ。

被災地と、その他の地域の温度差を感じた。

まったく、無関心だ。












# by gizankatoh | 2011-08-14 17:33 | 東北に仏像を

8月9日・・・

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この時期になると思い出す一枚の写真がある。

四十四で亡くなった父の故郷が長崎という事もあり、

私にとっても長崎は第二の故郷と呼んでいる思い入れのある街。



報道写真家 ジョー・オダネル(1922年5月7日 - 2007年8月9日)
米占領軍のカメラマンとして原爆投下後の広島、長崎に入り、被爆した市内の様子を撮影した。

以下はインタビュー記事より・・・


「佐世保から長崎に入った私は、小高い丘の上から下を眺めていました。
すると白いマスクをかけた男達が目に入りました。
男達は60センチ程の深さにえぐった穴のそばで作業をしていました。
荷車に山積みにした死体を石灰の燃える穴の中に次々と入れていたのです。

10歳ぐらいの少年が歩いてくるのが目に留まりました。
おんぶひもをたすきにかけて、幼子を背中に背負っています。
弟や妹をおんぶしたまま、広っぱで遊んでいる子供の姿は当時の日本でよく目にする光景でした。
しかし、この少年の様子ははっきりと違っています。
重大な目的を持ってこの焼き場にやってきたという強い意志が感じられました。
しかも裸足です。

少年は焼き場のふちまで来ると、硬い表情で目を凝らして立ち尽くしています。
背中の赤ん坊はぐっすり眠っているのか、首を後ろにのけぞらせたままです。

少年は焼き場のふちに、5分か10分も立っていたでしょうか。
白いマスクの男達がおもむろに近づき、ゆっくりとおんぶひもを解き始めました。
この時私は、背中の幼子が既に死んでいる事に初めて気付いたのです。
男達は幼子の手と足を持つとゆっくりと葬るように、焼き場の熱い灰の上に横たえました。

まず幼い肉体が火に溶けるジューという音がしました。
それからまばゆい程の炎がさっと舞い立ちました。
真っ赤な夕日のような炎は、直立不動の少年のまだあどけない頬を赤く照らしました。
その時です、炎を食い入るように見つめる少年の唇に血がにじんでいるのに気が付いたのは。
少年があまりきつく噛み締めている為、唇の血は流れる事もなく、ただ少年の下唇に赤くにじんでいました。
夕日のような炎が静まると、少年はくるりときびすを返し、沈黙のまま焼き場を去っていきました。」


8月9日

今年も祈るような思いで、この日を迎える。












# by gizankatoh | 2011-08-09 09:08 | 長崎

慎ましく。。。

慎ましく生きる人々の営みが、何故、美しく見えるのか。

飾り立てたもの・・・それは「虚」だからだ。


美しいものには世界を知る大切な手懸かりがある。

美を通して世界の本質を追い求める。













# by gizankatoh | 2011-08-07 07:04 | 月鏡

「迷い」と「濁り」・・・

自分は、とても気が弱い。

いつも、足元の”ぬかるみ”を気にしている。

そうすると、「迷いは作品に出るぞ。。。」と画家の中堀さんに活を入れられる。



「前田さん、濁りをおとりなさい・・・」

岡倉天心が若かりし頃の前田青邨に対して言った言葉。。。


前田青邨に準えるのは恐れ多いが・・・いつも、この言葉を思い起こす。













# by gizankatoh | 2011-08-03 08:45 | 月鏡

出来ると信じている。。。

『出来ると決断しなさい。方法は後から考えれば良い。』

・・・エイブラハム・リンカーンの言葉


気が付けば、いつもそうしている気がする。

周りから見れば、無謀と思われたり、鼻で笑われたり、相手にされなかったり・・・


一人でジタバタしながらやってきた。

無根拠に「出来る」と信じている。











# by gizankatoh | 2011-07-28 15:13 | 月鏡

東北に仏像奉納を願って・・・

3月11日の震災以来、いつも考えていた。

「何か出来る事はないか。。。」


先日、Twitterで

「仏師の方が集まって一体の仏像を彫り、被災された東北のお寺に奉納できないでしょうか?」

と呼びかけさせて頂いたところ京都の仏師の方が快く賛同して下さった。

仏師の三浦耀山さん。


被災地の惨状に、いつも自問自答しながら苦しんでいた。

この活動が広く多くの方の賛同をうけ、多くの方に関わって頂きたいと思っています。


千羽鶴のように、一人、一人が祈りを込めて一羽の鶴を折るように仏像が出来たら素晴らしい。

亡くなられた魂を安らげ、多くの方が祈りを捧げられますように・・・

そして、多くの方の心の拠り所となりますように。













# by gizankatoh | 2011-07-27 15:15 | 東北に仏像を

コンディション。。。

自分の「形」を信じる為に、

導き出した「面」を信じる為に、

日々、淡々とコンディションを整える。


その後、振り返った時に「ああすれば良かった、こうすれば良かった・・・」と言うのは毎度の事である。

しかし、その日、その時、その瞬間に導き出した「形」を信じる事が出来なければ終わりだ。

彫刻で飯を食う資格は無い。


「技術が至らない」とか、「見る眼が無かった」と言う事は仕方が無いが、

コンディションを整え、全身全霊で作品と向き合うのは、自分の仕事への責任と、作品に対する礼儀。


「今」に対する礼儀と責任。

「百年後」に対する礼儀と責任。



『「粗雑」という病気は絵からとり払わねばならない。「稚拙」はゆるせる、「未熟」もかまわない。「粗雑」は心の病だからである。』

<日本画家 小倉遊亀の言葉>












# by gizankatoh | 2011-07-26 11:08 | 月鏡

無根拠な自信。。。

自分には出来る。

自分がそう望んでいるから

自分には出来る

自分がそう信じているから


根拠の無い自信と、短いけれど歩いて来た道程を信じて。












# by gizankatoh | 2011-07-20 10:14 | 月鏡

『イツカ、向コウデ』

人生は長いと、ずっと思っていた。
間違っていた。おどろくほど短かった。
きみは、そのことに気付いていたか?

なせばなると、ずっと思っていた。
間違っていた。なしとげたものなんかない。
きみは、そのことに気づいていたか?

わかってくれるはずと、思っていた。
間違っていた。誰も何もわかってくれない。
きみは、そのことに気づいていたか?

ほんとうは、新しい定義が必要だったのだ。
生きること、楽しむこと、そして歳をとることの。
きみは、そのことに気づいていたか?

まっすぐに生きるべきだと、思っていた。
間違っていた。ひとは曲がった木のように生きる。
きみは、そのことに気づいていたか?

サヨウナラ、友ヨ、イツカ、向コウデ会オウ。



長田弘 詩集「死者の贈り物」より。












# by gizankatoh | 2011-07-16 10:04 | 大切な言葉