カテゴリ:よしなしごと・・・( 95 )

日曜日は蕎麦曜日

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毎日毎日、朝から晩まで…マラソンでもしているような心持ちになる

立ち止まってしまいそうになる気弱な自分を
「次の電信柱まで」と奮い立たせて

きっと自分以上に皆んな頑張ってる

だから自分も頑張らなくちゃと
一つ動くたびに「ガンバレ」と独りごちるている

今日、日曜日は蕎麦曜日
変化球でカレー南蛮
蕎麦を手繰ったら、もう一仕事してお仕舞い

七十、八十、九十になってもこのペースで仕事をしたいな

いつまでも情熱の炎消えず
熱くなる気配しか感じない












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by gizankatoh | 2018-11-04 20:49 | よしなしごと・・・

一の酉

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来年の個展に向けて制作している原型の見通しが立ち、
作品の輪郭や大きさ、ボリューム感などのイメージが具体化してきたので、
下見というほど大仰なものではありませんが、
日本橋高島屋さんで現在行われている展示を見がてらギャラリーを下見。

日本橋では友人の展示も拝見。
それから、表参道に行き昼飯を食べ、青山通りを歩いて渋谷へ。

渋谷では気になっていた展示を見て、
それから、三ノ輪に行き、一の酉で賑わう鷲神社へ。

商売繁盛を祈願して、かっこめを買い、
ぶらぶらと吉原を抜けて、浅草の観音さまをお参り。
仲見世をひやかして帰った。












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by gizankatoh | 2018-11-04 06:48 | よしなしごと・・・

美術の窓 2018年 11月号 『仏像から近現代まで「彫刻」三昧!!』

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美術の窓 2018年 11月号
特集『平成時代の仏像?今、ほとけの姿をつくる』に掲載して頂きました。
縁プロジェクトにも触れて下さり嬉しく思います。
彫刻好き…とくに木彫刻好きにはとても興味深い内容になってると思いますよ。
是非お手にとってご覧下さい。

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by gizankatoh | 2018-10-23 12:55 | よしなしごと・・・

豪雨被害が一日も早く収束されますように

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『今生に、いかにいとほし不便とおもふとも、
存知のごとくたすけがたければ、
この慈悲始終なし。』

豪雨による被害がこれ以上拡大しませんように。
一日も早く収束されることを願っています。













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by gizankatoh | 2018-07-08 07:16 | よしなしごと・・・

戒蔵院

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十二年籠山行を満行された宮本祖豊師のお住まいになる戒蔵院様にご挨拶に伺いました。

以前にもお訊きしたかもしれませんが、と前置きしながら、
改めて「何故、籠山行をされたのですか?」とお訊きしましたところ、
「確かにきっかけはあったが、やはりそうなるようなご縁があった。」と仰って多くを語りませんでしたが、
その言葉にとても共感したので、私もそれ以上はお訊きしませんでした。

私自身も振り返ってみると「そうなるようになっていた」という、
私の意志とは別のところで大きな導き…天、或いは仏の導きとでも言うのでしょうか。。。
抗ってみても、挑んでみても、様々な形で導かれていることに気付き、実感します。
そして、自分自身の「役割」ということを強く自覚するようになりました。


自分自身の計らいを取り除く。
自分の意志ではなく、天の計らいと言ってもいいかもしれません。

例えば。。。木の中に仏が眠っているという話があります。

木の中に眠っている仏を迎え、現出させることが私の役割ならば、
その役割を全うするためにこの時代、この場所で私が生を受けたことは必然なのです。
また、仏を彫ることを役割として、この時代、この場所で私が生を受けたとするならば、
木の中に仏が眠っていることは必然なのです。

それは一千年前から決まっていたと言っても過言ではありません。
歴史という垂直の時間軸と、現代という横軸の只中に仏を彫る必然。。。”縁”が存在しています。

天の問いかけに、どう答えるか。

つまり、天の問い掛けに誠実に、真摯に答えることによって、
その使命を全うすることが私の役割なのです。


………………………………………………………………………………………………

※千日回峰行が「動」の行ならば、十二年籠山行は「静」の行と言われています。
「侍真」とは、伝教大師最澄の真影に侍って、最澄様が今も生きているように仕えるところからそのように名付けられたと言われています。
侍真僧は、浄土院から一歩も出ず世俗との一切の関わりを断ち、献膳・勤行、清掃という日々をたった一人で十二年間続けます。
宮本祖豊師はその行を二十年間お続けになられました。













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by gizankatoh | 2018-07-02 21:11 | よしなしごと・・・

ありがとうございました。。。/ KOKOROアカデミー

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先日行われた築地本願寺サテライトテンプル「KOKOROアカデミー」
お忙しい中、お越し下された皆様に感謝申し上げます。

仏像の歴史から、私が用いている技法、
仏像と向き合う時の思いや姿勢、哲学などをお話しさせて頂きました。

今回、一人でのトークというものが初めてで、
その上、自分の語彙というものを翻訳することが難しく、
お聞き苦しい点もあったかもしれませんが、楽しんで頂けたようで安堵致しました。

仕事柄、話し上手になることは必要ないかもしれませんが、
少しは思いや考えを整理しておかないといけませんね。

築地本願寺の皆様、この度は大変お世話になりました。


KOKOROアカデミー / 築地本願寺ラウンジ サテライトテンプル












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by gizankatoh | 2018-06-23 18:56 | よしなしごと・・・

クローズアップDHARMA ~仏師・加藤 巍山に聞く / KOKOROアカデミー

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KOKOROアカデミー / 築地本願寺ラウンジ サテライトテンプル
「クローズアップDHARMA ~仏師・加藤 巍山に聞く」と題した講座に登壇させて頂きます。

仏像の基本的な事から私の用いている技法、仏様と向き合う時の心の定め方などをお話しさせて頂きたいと思っております。
講座と謳っていますが堅苦しいものではありませんのでお気軽にお遊び下さい。

2018年6月21日(木)
19:00~20:30
受講料 : ¥1,000
築地本願寺 GINZA SALON
東京都中央区銀座2-6-4竹中銀座ビルディング5F
TEL 03-6263-0430

問い合わせ・お申込み
築地本願寺コンタクトセンター
0120-792-048













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by gizankatoh | 2018-06-13 21:55 | よしなしごと・・・

対談 横田南嶺×阿 純章 / 致知出版社

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今朝、柳井 正さん(ユニクロ)の記事を読んでいて、
「いつか『致知』で取り上げてもらえるようになりたいな…」と思っていたら、
尊敬する僧侶の友人が特集記事(横田南嶺老師(円覚寺管長)との対談)で掲載されていました。

このシンクロ感。。













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by gizankatoh | 2018-06-04 15:21 | よしなしごと・・・

目の眼 6月号

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古美術・骨董の雑誌「目の眼」6月号
[現代アートの旗手たちが選んだ必見の明治工藝ベスト10]の中で、
安藤緑山の『干柿』を紹介させて頂きました。

それぞれの現代作家が選んだ作品の解説も
作家によっての視点や切り口の違いがとても興味深く、
お楽しみ頂けるかと存じます。


【驚異の超絶技巧!明治工芸から現代アートへ】は、
6月から岐阜、富山、山口、大阪の美術館に巡回します。
是非、お遊び下さい。

岐阜県現代陶芸美術館
6月30日(土)〜8月26日(日)












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by gizankatoh | 2018-05-22 20:42 | よしなしごと・・・

親の心子知らず・・・

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私は、いつも守られ、恵まれている事に気が付かない馬鹿なんだ。。。


最近、お袋は私を幼子のように気遣ってくれたり、ときには小遣いを渡そうとする。
「いらないよ」と言っても「いいから」と手に握らせる。
「じゃ、これで何か食べよう」と言って、一緒に浅草の尾張屋で天ぷら蕎麦を手繰ったりする。

年に2~3度ほどしか会えないが、最近になって、その「甘やかされてる」感が強くなった気がする。
歳の所為だろうか・・・?などと考えたりもする。

姉に、その事を言ったら、
「幼い頃に父親を亡くして、働きに出てしまい、何処にも連れて行ってあげられなかったり、
遊んであげられなかったり・・・、母親として何もしてあげられなかった事を今でも気に病んでいる」と言われた。

少し驚いた。

自分は物心が付いた頃からそれが当たり前の環境だったので、何も気にしていなかった。
手をつないで歩いた記憶もなければ、抱きしめられた記憶もない。
と言って寂しいと思った事もない。

自分がまだ小~中学生の頃には、“教師を殴った”、“同級生に怪我をさせた”、“学校のものを壊した”・・・などなど、
その度に学校に呼ばれ教師に注意されたが、母親にはキツく叱られた事はなかった。
その代り、家に帰ると兄貴に殴られた・・・

「何もしてくれなかった」などと恨めしく思った事などない。
むしろ感謝している。

本当に苦労を掛けたと思っている。
心配をさせたと思っている。

幾つになっても子供は子供、親は親。
ガキな私は何も気付かず、いまだに馬鹿なんだ。

そんな年老いた母親の気持ちを考えた。












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by gizankatoh | 2018-05-13 20:29 | よしなしごと・・・