カテゴリ:月鏡( 258 )

居場所、生き方、或いは使命感

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立川談春さんの「文七元結」の一節。

我々のような仕事。。。否、どのような職業でも。
うまく言えないけど、この一節が妙に迫ってきましたよ。

好きなことを職業にしている訳ではなく、
もう、そこしか居場所がない。
そういう生き方しかできないということ。
或いは使命感だったり。

それはどうしても分かり合えないこと。
だから、時々見かける愚痴のようなものはどうでもいい。



「博打ってのは勝てない
儲からないからおやめ

お前さん、どう思ってるかわからないけど、
人が相対してやる博打で仕事の絡んでない博打はないの

博打打ちってのはね、博打でおマンマ食べるんだね

運や度胸でもって勝ったり負けたり、
それが男の器量だと、お前さん思っているかもしれないけど、
お前さん達みたいな人は博打打ちとは言わないだよ
「遊び人」っての

博打打ちってのは博打でご飯を食べる人、おマンマを食べる人
だから必ず勝つ人

おかしいだろ
勝てる訳ないんだよ

毎回毎回、当たる訳ない
でも必ずお金を持って帰る
それはみんな仕事が絡んでいるから

一生懸命、修業して、見て盗んで覚えて
血の滲むような修業をするんだよ

堅気ばっかりじゃないの
博打打ちだって苦労はしてるんだ

堅気の暮らしの方がよっぽど楽だ
じゃ、なんで博打打ちなんて…
キザな言い方かもしれないけど、修羅の道を選ぶのっては、
そこしか居場所がない人が博打打ちになるの」



「色んな人が来るの
こんな商売してるとね

私、そばで見ててよくわかる

お前さん、末には名人になる人なんだってね
そういう人も来るよ

左官の世界だけじゃなくて、
絵だってなんだって

普通の才能
普通に暮らせる人のがよっぽど楽だと
そばで見ててよく思う

お前さん、別に自分で上手くしてくれって言った訳じゃないね

でもね、それはもう仕方がないの
お前さんは出来る人なの
それは宿命(さだめ)なの

誰が好き好んで名人にしてくれ、
俺は名人じゃなくていい

叫びたいだろうけど、皆んなお前さんみたいになりたいんだよ
なってみりゃどれだけ辛いかは誰もわからない

でも、お前さんは出来るんだからやらなきゃいけない」












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by gizankatoh | 2018-11-24 21:14 | 月鏡

生死の巻より

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ただわが身をも心をも放ち忘れて、
仏の家に投げ入れて、仏の方より行われて、
これに随いもてゆくとき、
力をもいれず、心をも費やさずして、
生死を離れ仏となる












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by gizankatoh | 2018-11-22 21:29 | 月鏡

道の真ん中を歩く

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ある種の高揚と混沌との中で

「何もしない」という手を打つ

道の真ん中を歩く

正を守りて恐るること勿れ












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by gizankatoh | 2018-11-22 21:24 | 月鏡

作品として

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樹木希林さんという役者さんが亡くなった。
まるで、自身の“死”さえも作品にしてしまったようだ。

役者として生きて、役者として生き切った。
その生き様。
凄まじいお方だ。

否、樹木希林という人が役者だったのか、
樹木希林という役者が人だったのか。。
もはや、そんなことはどうでもいい。

最後の作品は作為もない。
混ざり気もない。

かくありたいものだ。


少々、誤解を招きかねない言い方かもしれないが。。。
私は常々、表現者という生き物は
個人の幸せなどに執着するものではないと思っている。

表現者として生き、
表現者として死ぬ。
その人生を作品として生きる。

美しくとも、醜くとも、
悲しくとも、激しくとも、
剥き出しの命を作品として生き切る。

命そのものが作品になる。

せいぜい、人様の迷惑にならないように。












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by gizankatoh | 2018-09-22 21:50 | 月鏡

この場所

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自分の弱さが「雑音」になる。


どんな気持ちで目が覚めても
”この場所”はそんな私の心を定めてくれる。


私が前に進めるのは強さなどではなく
その”弱さ”だ。













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by gizankatoh | 2018-09-17 07:11 | 月鏡

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私は。。

一つ、何かを失った時に悲嘆に暮れる。

しかし、気がつくと更に大きなものを手にしている。

そうして景色が変わってゆくような気がする。


例えば…

向う岸に渡る為に筏を作る。

岸に辿り着いたらその筏は不必要になる。

しかし、その時にはそのことに気がつかず、丘に上がってさえも筏に執着する。

そしてその筏を失った時に悲嘆に暮れる。

そうしながらも独り道を歩いている時に「今はもう筏は不必要なものだった」と気がつく。


何かを手に入れる為に何かを手放すという簡単ものではなく、もっと大きな。。


そう。天の意思。













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by gizankatoh | 2018-09-16 08:35 | 月鏡

素直な気持ち

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実は。。。

人の作品を観て「悔しい」と素直に思う。

自分でも大人気ないなと思いながら、
多分、それが自分を向上させている。

稚拙な衝動を失ったらお終いだ。

挑戦する情熱を失ったらやめてしまえ。












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by gizankatoh | 2018-08-31 20:45 | 月鏡

戦場。そして聖所

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『画室はわが血みどろの戦場でもある。
であるからまた、犯すべからざる聖所でもある。』

日本画家 小倉遊亀の言葉。

作家はその戦場に居る事に安堵する。

ここで睡れるなら本望だ。
(長生きしたい)












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by gizankatoh | 2018-08-28 06:49 | 月鏡

自分の居場所

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故郷ってなんだろう。。
時々巡ってくるこの思考。

東京の下町で生まれ育って三十年。
二度目の修業のために埼玉の郊外に移り、独立後もそこに工房を構えた。

現在のところに二十年近く住んでいるが、ほぼ籠っていることもあり、
家と利用する店、駅、それぞれの”点”にしか意識がない
違う道を走ろうものならすぐに迷ってしまう。

東京なら、日本橋、浅草、銀座、表参道、渋谷、新宿あたりなら、どの道をどう行けばどこに辿り着けるか無思考で歩ける。
雑踏もビルが建ち並ぶ景色もアスファルトの匂いもその中にいると安心する。
生き物のように増殖する街の中にいると自分の輪郭がくっきりと浮かび上がってくる。
闘争心を掻き立てられる。
それが心地好い。

今までは江戸の余所者として年に数回程度行っていた京都も、
二ヶ月弱ほど住んで、今までとは違う友人知人、仕事関係の方も増え、
自転車で走り回っていたせいか、道や店なども知り、その空気や光の心地好さを皮膚感覚で覚えた。
おこがましくて第二の故郷とは呼べないまでも懐かしさに溢れている。

日本に京都があって良かったとしみじみ思う。
本当に好い街。

どこにいても余所者感は拭い去れない。
だから、揺るぎない自分を確立してゆくことがとても大事なんだ。
それは、場所、時代問わず。

自らを拠り所とし、為すべきことを為せ。

犀の角のようにただ独り歩め。

強くあれ。












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by gizankatoh | 2018-08-26 07:51 | 月鏡

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将来、若し興福寺が南大門を再建することがあるのならば、
仁王像を彫らせて欲しい。

美術院でも、藝大でも、名のある仏師でも、名のある彫刻家でもなく。

古い仏像の再現ではなく、
運慶、快慶が伝えたものを受け取って、
千年、二千年と、後世に残す”現代の仁王像”を彫らせて欲しい。












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by gizankatoh | 2018-08-14 07:58 | 月鏡