作品として

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樹木希林さんという役者さんが亡くなった。
まるで、自身の“死”さえも作品にしてしまったようだ。

役者として生きて、役者として生き切った。
その生き様。
凄まじいお方だ。

否、樹木希林という人が役者だったのか、
樹木希林という役者が人だったのか。。
もはや、そんなことはどうでもいい。

最後の作品は作為もない。
混ざり気もない。

かくありたいものだ。


少々、誤解を招きかねない言い方かもしれないが。。。
私は常々、表現者という生き物は
個人の幸せなどに執着するものではないと思っている。

表現者として生き、
表現者として死ぬ。
その人生を作品として生きる。

美しくとも、醜くとも、
悲しくとも、激しくとも、
剥き出しの命を作品として生き切る。

命そのものが作品になる。

せいぜい、人様の迷惑にならないように。












# by gizankatoh | 2018-09-22 21:50 | 月鏡

この場所

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自分の弱さが「雑音」になる。


どんな気持ちで目が覚めても
”この場所”はそんな私の心を定めてくれる。


私が前に進めるのは強さなどではなく
その”弱さ”だ。













# by gizankatoh | 2018-09-17 07:11 | 月鏡

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私は。。

一つ、何かを失った時に悲嘆に暮れる。

しかし、気がつくと更に大きなものを手にしている。

そうして景色が変わってゆくような気がする。


例えば…

向う岸に渡る為に筏を作る。

岸に辿り着いたらその筏は不必要になる。

しかし、その時にはそのことに気がつかず、丘に上がってさえも筏に執着する。

そしてその筏を失った時に悲嘆に暮れる。

そうしながらも独り道を歩いている時に「今はもう筏は不必要なものだった」と気がつく。


何かを手に入れる為に何かを手放すという簡単ものではなく、もっと大きな。。


そう。天の意思。













# by gizankatoh | 2018-09-16 08:35 | 月鏡

素直な気持ち

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実は。。。

人の作品を観て「悔しい」と素直に思う。

自分でも大人気ないなと思いながら、
多分、それが自分を向上させている。

稚拙な衝動を失ったらお終いだ。

挑戦する情熱を失ったらやめてしまえ。












# by gizankatoh | 2018-08-31 20:45 | 月鏡

戦場。そして聖所

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『画室はわが血みどろの戦場でもある。
であるからまた、犯すべからざる聖所でもある。』

日本画家 小倉遊亀の言葉。

作家はその戦場に居る事に安堵する。

ここで睡れるなら本望だ。
(長生きしたい)












# by gizankatoh | 2018-08-28 06:49 | 月鏡

自分の居場所

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故郷ってなんだろう。。
時々巡ってくるこの思考。

東京の下町で生まれ育って三十年。
二度目の修業のために埼玉の郊外に移り、独立後もそこに工房を構えた。

現在のところに二十年近く住んでいるが、ほぼ籠っていることもあり、
家と利用する店、駅、それぞれの”点”にしか意識がない
違う道を走ろうものならすぐに迷ってしまう。

東京なら、日本橋、浅草、銀座、表参道、渋谷、新宿あたりなら、どの道をどう行けばどこに辿り着けるか無思考で歩ける。
雑踏もビルが建ち並ぶ景色もアスファルトの匂いもその中にいると安心する。
生き物のように増殖する街の中にいると自分の輪郭がくっきりと浮かび上がってくる。
闘争心を掻き立てられる。
それが心地好い。

今までは江戸の余所者として年に数回程度行っていた京都も、
二ヶ月弱ほど住んで、今までとは違う友人知人、仕事関係の方も増え、
自転車で走り回っていたせいか、道や店なども知り、その空気や光の心地好さを皮膚感覚で覚えた。
おこがましくて第二の故郷とは呼べないまでも懐かしさに溢れている。

日本に京都があって良かったとしみじみ思う。
本当に好い街。

どこにいても余所者感は拭い去れない。
だから、揺るぎない自分を確立してゆくことがとても大事なんだ。
それは、場所、時代問わず。

自らを拠り所とし、為すべきことを為せ。

犀の角のようにただ独り歩め。

強くあれ。












# by gizankatoh | 2018-08-26 07:51 | 月鏡

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将来、若し興福寺が南大門を再建することがあるのならば、
仁王像を彫らせて欲しい。

美術院でも、藝大でも、名のある仏師でも、名のある彫刻家でもなく。

古い仏像の再現ではなく、
運慶、快慶が伝えたものを受け取って、
千年、二千年と、後世に残す”現代の仁王像”を彫らせて欲しい。












# by gizankatoh | 2018-08-14 07:58 | 月鏡

海、川、山

海を綺麗にするために森を育てる。


森が育てば川が綺麗になり、

川が綺麗になれば海が綺麗になる。


海を綺麗にしたいのなら海だけを見ていてはいけない。


戦争を無くしたいのなら”そこ”だけを見ていては解決しない。

地球の裏側で起こっている戦争に、誰もが加担していることを忘れてはいけません。


海も川も山も人も…搾取していることを忘れてはいけません。













# by gizankatoh | 2018-08-10 22:55 | 月鏡

豪雨被害が一日も早く収束されますように

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『今生に、いかにいとほし不便とおもふとも、
存知のごとくたすけがたければ、
この慈悲始終なし。』

豪雨による被害がこれ以上拡大しませんように。
一日も早く収束されることを願っています。













# by gizankatoh | 2018-07-08 07:16 | よしなしごと・・・

仏に捧げる所作

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改めて思ったのですが。。

仏を彫るという行為の一つひとつが
まるで仏に祈りを捧げる儀式の“所作”のようにも思えます。

粛粛と“仏”に傅くように。


『製作は密室の祈り』
…村上華岳の言葉。












# by gizankatoh | 2018-07-05 20:33 | 月鏡

仏性について

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『仏性』について考えていました。

私の中にある”自我”と”無我”という相反する矛盾が違和感なく共存していることに長く疑問を持っていました。
しかし、それらを突き詰めていった先には同じ頂に辿り着けるのではないかという予感がしています。

或いは”彼岸”

その事に気付けるのか、気付けないのか。
仏師はその使命の自覚があるのか、ないのか。

その事によって、彫り出した「仏」のお容に真の仏(法身)が応じて下さる(応身)のかもしれません。












# by gizankatoh | 2018-07-04 21:17 | 月鏡

戒蔵院

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十二年籠山行を満行された宮本祖豊師のお住まいになる戒蔵院様にご挨拶に伺いました。

以前にもお訊きしたかもしれませんが、と前置きしながら、
改めて「何故、籠山行をされたのですか?」とお訊きしましたところ、
「確かにきっかけはあったが、やはりそうなるようなご縁があった。」と仰って多くを語りませんでしたが、
その言葉にとても共感したので、私もそれ以上はお訊きしませんでした。

私自身も振り返ってみると「そうなるようになっていた」という、
私の意志とは別のところで大きな導き…天、或いは仏の導きとでも言うのでしょうか。。。
抗ってみても、挑んでみても、様々な形で導かれていることに気付き、実感します。
そして、自分自身の「役割」ということを強く自覚するようになりました。


自分自身の計らいを取り除く。
自分の意志ではなく、天の計らいと言ってもいいかもしれません。

例えば。。。木の中に仏が眠っているという話があります。

木の中に眠っている仏を迎え、現出させることが私の役割ならば、
その役割を全うするためにこの時代、この場所で私が生を受けたことは必然なのです。
また、仏を彫ることを役割として、この時代、この場所で私が生を受けたとするならば、
木の中に仏が眠っていることは必然なのです。

それは一千年前から決まっていたと言っても過言ではありません。
歴史という垂直の時間軸と、現代という横軸の只中に仏を彫る必然。。。”縁”が存在しています。

天の問いかけに、どう答えるか。

つまり、天の問い掛けに誠実に、真摯に答えることによって、
その使命を全うすることが私の役割なのです。


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※千日回峰行が「動」の行ならば、十二年籠山行は「静」の行と言われています。
「侍真」とは、伝教大師最澄の真影に侍って、最澄様が今も生きているように仕えるところからそのように名付けられたと言われています。
侍真僧は、浄土院から一歩も出ず世俗との一切の関わりを断ち、献膳・勤行、清掃という日々をたった一人で十二年間続けます。
宮本祖豊師はその行を二十年間お続けになられました。













# by gizankatoh | 2018-07-02 21:11 | よしなしごと・・・