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男2人でパンケーキ・・・

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画家の卯野和宏さんとカフェ「コンバーション」で待ち合わせ。
男2人でパンケーキを食べながら気が付けば約3時間、途切れる事なく話しに夢中になってしまった。

「写実」と一言で言ってしまうと簡単なのだが、
その絵の奥にある物語は作家一人びとり違う。

卯野さんは卯野さんの物語を紡ぎ出した結果、
”あの”美しい絵へと辿り着くのだと理解した。

それぞれの作家がそれぞれの作品との向かい方や、
作品へと昇華させる過程がこんなにも個々人に因るものなのかと気付かされた。
極々当たり前の事のだが、その「当たり前」がとても素直に自分に入ってきた。

これから、自分の表現を探る中でとても大事な「気付き」があった。
何か、新しい扉の前に立っているような、そんな心持ちだ。

しかし、卯野さんの作品・・・「美しい」という言葉しか思いつかない。
いや、「美しい」という言葉以外必要ないかもしれない。


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卯野和宏 <陽>

卯野和宏 web-site
by gizankatoh | 2014-04-27 20:06 | 美術の話

子供の頃のアイドル・・・

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鑑真和上とチャップリンが小学生の頃の私のアイドルだった。

命を顧みず強い意志と行動を貫き戒律を日本に伝えた鑑真。

人生の悲しみと不条理を可笑しさに変えて映画の中に詰め込んだチャップリン。

小学四年生の私は無常の中にそれらを見出していたような気がする。

何より、二人ともあの佇まいが好い。
by gizankatoh | 2014-04-25 21:04 | 月鏡

「福島」のこと・・・

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2011年3月11日、恐怖を覚える程の揺れを経験し、瓦や塀が崩れ落ちる瞬間を目の当たりにしました。
福島第一原発の爆発後、窓を閉め切り、日々アナウンスされる放射能の値に一喜一憂し、雨や水道水にも疑心暗鬼になっていました。
正直のところ精神的にも参っていました。

今まで、私は敢えて「福島」の事に関して距離を置いていました。
それは、東日本大震災での被害が他の地域とはまったく違う質のものであることや、
現在関わっている岩手県大槌町のことだけでも精神的にも思考的にも時間的にも許容範囲の限度まで達していたからです。

「福島」の被害に関しては多面的かつ重層的、そして多岐にわたって複雑であることや、
「放射能」に関しても情報が錯綜(恣意的、政治的情報も含め)しており、私自身がその情報を精査し、発信するのは危険を伴います。
また、私一人の出来る事は限られており、発信する情報に統一性が無い事は受け取る側にとっても必要以上に混乱を与えてしまいます。

被災地に関わらせて頂く際、「無理なく出来る範囲で」ということでほんの少し関わりを持たせて頂きました。
私にも仕事や生活があります。
長く長く関わっていきたいからこそ、「無理なく」と言う事を前提にしています。

また、当事者でもなく東北に縁もゆかりもない私が「気持ち」一つで関わることは礼を失していると思っていますし、
善意を振りかざして被災された方の心に土足で踏み込むような真似はしたくありません。

表現が相応しくないかもしれませんが「電車内で席を譲るように」という気持ちで
肩肘張らず関わり続けたいと思っているのです。

なので、「出来る事」で「無理なく」「長く」関わり続けたいと思っています。

前置きが長くなりましたが「福島」の事。
先日、いわき市の菩提院さんにお伺いし、ほんの少しの時間でしたがお話しを聞く事が出来ました。
ずっと心の片隅にあった「福島」のことに触れる事が出来て「やっと辿り着けた」と思いました。

今後、私なりに解る範囲で「福島」の情報も共有していけたらと思っています。


菩提院 -浄土宗 涅槃山 袋中寺-
by gizankatoh | 2014-04-14 20:41 | 東北に仏像を

3月11日以降、初めて観た”救い”・・・

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『アウシュビッツ以降、詩を書く事は野蛮である。(「文化批評と社会」より)』

テオドール・アドルノ(ユダヤ系ドイツ人哲学者)の言葉。


2011年3月11日以前と以後ではまったく世界が変わってしまった。

3月11日以降、仏像を彫ることも、話す事も、笑う事も、すべてが”野蛮”に思えた。

すべてが”嘘”に思えた。


しかし、この作品の中に深い深い絶望と悲しみと、深い深い慈悲と救いを観た。

3月11日以降、初めて”救い”を観たような心持ちがする。



「南三陸町防災庁舎・がれきは宝石」/ 藤城清治
by gizankatoh | 2014-04-09 20:58 | 月鏡

桜は桜・・・

いつも和やかな心で桜を愛でることを避けている。

つい目を逸らしてしまう。

頑なになってしまう。

それは走り続けようとする闘争心に”隙”が出来てしまうことが怖いから。。

というのも一つの理由かもしれない。


そう思う一方、

「今この瞬間、風に揺れている桜の花びらはこの一瞬だけのものなのだ・・・その一期を愛おしめ」

という自分もいる。


多分・・・桜に心を許した瞬間、泣き崩れてしまいそうなのだ。


しかし、どのような心で眺めても桜は桜。

美しい。












by gizankatoh | 2014-04-06 21:07 | 月鏡