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鑿入れ結縁法要・・・

甚大な被害をもたらした大震災と津波から3月11日で1年を迎えます。

平成24年3月11日 岩手県大槌町の「江岸寺」仮本堂にて
亡くなられた御霊の御供養と、仏像奉納の「鑿入れ結縁法要」を行います。

檀家様、家族や親しい人を亡くされた方、復興を願い仏像と縁を結びたいと思いを寄せて下さる方、
私たちの活動に賛同して下さる方、多くの方に仏像との縁を結んで頂きたく存じます。

この法要を機に奉納の為の釈迦如来像の制作が本格的に始まります。
宜しくお願い申し上げます。


日時:平成24年3月11日(日)

   午前11時より

場所:岩手県上閉伊郡大槌町「江岸寺」仮本堂



*「鑿(ノミ)入れ結縁法要」とは・・・
仏像を作る際、完成の無事を祈って、また関係者の方々により深く仏像との縁をもって頂くために行う儀式です。
仏像となる用材を祭壇にまつり、導師がお経を唱える間に関係者参列者ひとりひとりが、ご焼香、合掌したのち用材の前に進み出て一鑿入れて頂く形をとっております。
これにより鑿を入れた方と仏像との間にご縁が結ばれ、鑿入れにより削りだした木片は仏像の御分身として、それぞれの方が常に身の回りにお持ち頂くことができます。

Email :butuzohono@gmail.com












by gizankatoh | 2012-02-27 06:50 | 東北に仏像を

告白・・・

3.11以降、命が記号化されていった。

辺見 庸の「もの食う人びと」を以前に読んだ。
どんな内容だったかは憶えていない。。。

日曜日の朝5時、目を覚ましてテレビをつけた。
NHKの「こころの時代~宗教・人生~」で『私にとっての“3.11”』と題して、作家・辺見 庸氏が言葉を綴っていた。

辺見氏独特のものの見方から、気付かされる言葉や、胸をえぐられるような言葉が幾つもあった。
その一つに・・・

『これだけの数字が出てくると、そのような本当に哀切極まる「死」というものが軽く考えられてしまう。

80歳、90歳の人だから、もういいだろうという事になる。

そうではない。そういう人達こそ励まし合って生きるべきなんだよ。。。助けてあげなきゃいけないんだよ。。。

若いから、この人は有能だから、この人は社会に役に立つから、だから生きてもらうって言う事では絶対に違う。

この人は何の社会の役に立たない、ほっておいたって死ぬんだから。そう言う人達には生きてもらったほうが良いんだよ。

少なくとも、そういう精神を我々が持たなければ、もう「人」ではないよ・・・』



私は、あの震災と津波の中で、多くの。。。それは多くの亡くなった命の数々を事実として自分の中に呑み込むために、
老齢の方が亡くなったという事を「仕方がない・・・」と、悲しまないように断じた。

諦めと共に呑み込んだのだ。

私は畏れ、私は慄き、私は慟哭し、私は悼み、私は祈るしかなかった。。。
そして、人としての一つの感情を諦めた。。。放棄したのだ。

それでも泣き続ければ良かったのだ。
慟哭し続ければ良かったのだ。

そうして、数ヵ月を経た或る日の昼のニュースで、
老人が海に向かい道にしゃがみ込んで泣いている姿を見て、閉じられた蓋が外れ、涙が溢れ出した。













by gizankatoh | 2012-02-25 08:55 | 3月11日

図面(原寸)・・・

3月11日の大震災と津波で被災された岩手県大槌町の「江岸寺」様へ奉納する「釈迦如来坐像」の原寸の図面です。

ご本尊として祀られる釈迦如来坐像は「法界定印(ほっかいじょういん・・・
膝の前で掌を上に向け、左手の上に右手を重ね、親指の先を合わせた印相)」が最も多いのですが、
何故、『施無畏与願印(せむいよがんいん)』の印相にしたのかなど、詳しく説明させて頂いてます。


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・釈迦如来坐像
江岸寺は曹洞宗の寺院の為、ご本尊として釈迦如来像を奉納いたします。


・施無畏与願印(せむいよがんいん)の印相
施無畏印(手を上げて手の平を前に向けた印相)は人々の恐怖心を取り除いて救済する事を示し、
与願印(手を下げて手の平を前に向けた印相)は人々の願いを叶える事を示します。

甚大な被害をもたらした大震災と津波で亡くなられた方、家族や親しい人を亡くされた方・・・
被災された多くの方の心の傷を取り除き、心安らかなる穏やかな日を迎えられるように願いを込めて
『施無畏与願印』の印相にしました。


・裳懸座(もかけざ・・・坐像の裳裾が台座にかかり、垂れ下がっている形)
この度、薬師寺執事 大谷徹奘師により江岸寺とのご縁を取り持って頂いた事から、
薬師寺のご本尊「薬師如来坐像」にあやかり、裳懸座としました。


・仏像の胎内は空洞になっており、平安時代から様々な記録を残してきた優れたタイムカプセル。
今回の仏像の胎内、台座内部にも結縁者の名簿、今回の造仏の制作過程を記した文書、
震災の記録等を入れて、100年後、1000年後の後世に伝えます。


・像高 70cm、 総高 160cm、

・材木 木曽檜














by gizankatoh | 2012-02-21 12:30 | 東北に仏像を

疑う・・・

私は常に自分を疑う。

自分の選んだ線や面、形や表現を疑う。

揺るぎ無く自分を信じる為に疑う。


独善的にならないように、そして自己陶酔に陥らないように。

しかし、時代に阿るつもりは毛頭ない。

疑いながら、自分を肯定する文脈を構築し確認する。


以前、ある禅僧が

『悟りは迷いの池の中にある』

と言っていた。


時代の新しいや古いではなく、普遍的なものを求めて

迷い、疑いながら核心を掴む。












by gizankatoh | 2012-02-10 20:26 | 月鏡

スラヴ叙事詩・・・

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ミュシャはそれまでの栄光を捨てて あの連作を描いたんだ・・・

自らの民族の「血」。

抑圧、彷徨、戦い。

スラヴ民族の歴史を・・・


彼はスラヴ人としてあの絵を描かなくてはならなかった。


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その絵・・・『スラヴ叙事詩』の事を知り、

日本の歴史や神話、宗教を深く学び表現する事が私の「使命」だと確信した。


私は日本民族の”血”と”魂”とを自覚して、

日本の歴史に根ざした日本の美を表現しよう・・・

それを表現するのが私の使命。












by gizankatoh | 2012-02-08 13:11 | 月鏡

親の心子知らず・・・

私は、いつも守られ、恵まれている事に気が付かない馬鹿なんだ。。。



最近、お袋は私を幼子のように気遣ってくれたり、ときには小遣いを渡そうとする。

「いらないよ」と言っても「いいから」と手に握らせる。

「じゃ、これで何か食べよう」と言って一緒に食事をしたりする。

年に2~3度ほどしか会えないが、最近になって、その「甘やかされてる」感が強くなった気がする。

歳の所為だろうか・・・?などと考えたりもする。


姉に、その事を言ったら、

「幼い頃に父親を亡くして、働きに出てしまい、何処にも連れて行ってあげられなかったり、

遊んであげられなかったり・・・、母親として何もしてあげられなかった事を今でも気に病んでいる」と言われた。

少し驚いた。

自分は物心が付いた頃から“その環境”だったので、何も気にしていなかった。

手をつないで歩いた記憶もなければ、抱きしめられた記憶もない。

と言って寂しいと思った事もない。


自分がまだ小~中学生の頃には、“教師を殴った”、“同級生に怪我をさせた”、“学校のものを壊した”・・・などなど、

その度に学校に呼ばれ教師に注意されたが、母親にはキツく叱られた事はなかった。

その代り、家に帰ると兄貴に殴られた・・・


「何もしてくれなかった」などと恨めしく思った事などない。

むしろ感謝している。

本当に苦労を掛けたと思っている。

心配をさせたと思っている。


幾つになっても子供は子供、親は親。

ガキな私は何も気付かず、いまだに馬鹿なんだ。

そんな年老いた母親の気持ちを考えた・・・


もうすぐ傘壽・・・だったかな?












by gizankatoh | 2012-02-01 08:24 | よしなしごと・・・