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アートフェア東京からマーラー刀削麺・・・

有楽町の国際フォーラムで行われているアートフェア東京に行ってきました。

あ、全体の写真撮るの忘れてた・・・(-_-;)


NODA CONTEMPORARYのブースで画家の中堀慎治さんが作品を出品しているとの事でご挨拶。

京都の世界文化遺産を会場にしたプロジェクト「観〇光」の具体的なお話しを伺う事が出来て良かった。

益々、参加したい気持ちが高まる。


自分の彫刻に込めた想いと「観〇光」の理念は合致している(思い込み・・・?)。

貢献できると思っているし(思い込み??)、自分の成長の場として最も適している場だと思っている(思い込みでもイイ!!)。


自分は世界文化遺産である二条城や清水寺に作品を展示する事を望んでいる訳ではなく、

「観〇光」の理念、趣旨に感銘を受け、さらにその波紋が広がるように、微力ながら力を尽くしたいと強く思ったのです。



「出品させて下さい!」と半ば、中堀さんのストーカーのように付きまとっていたんだ。

そのうえ、来年の個展と埼玉県内にあるお寺への御本尊奉納という重要な仕事が重なっていた為に

「2013年に参加させて下さい・・・」と我が儘を聞いて頂いているのです・・・。

紹介して下さった画家の榎 俊幸さんや、受け入れてくれた中堀さんの顔に泥を塗る訳にはいかない。


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NODA CONTEMPORARYの社長並びにスタッフの皆様、お忙しい中、大変申し訳ございませんでした。

ありがとうございましたm(__)m



本日の〆は・・・春日部にある中華屋さんの裏メニュー「マーラー刀削麺」

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いつも、次の日のお腹の具合が悪くなるので「辛みを抑えて」とお願いしたのに・・・辛い。

でも、病的に食べたくなるんだよね・・・(-_-;)
by gizankatoh | 2011-07-30 09:14 | 美術の話

出来ると信じている。。。

『出来ると決断しなさい。方法は後から考えれば良い。』

・・・エイブラハム・リンカーンの言葉


気が付けば、いつもそうしている気がする。

周りから見れば、無謀と思われたり、鼻で笑われたり、相手にされなかったり・・・


一人でジタバタしながらやってきた。

無根拠に「出来る」と信じている。
by gizankatoh | 2011-07-28 15:13 | 月鏡

東北に仏像奉納を願って・・・

3月11日の震災以来、いつも考えていた。

「何か出来る事はないか。。。」


先日、Twitterで

「仏師の方が集まって一体の仏像を彫り、被災された東北のお寺に奉納できないでしょうか?」

と呼びかけさせて頂いたところ二人の仏師の方が快く賛同して下さった。


仏師の三浦耀山さんと、京仏師の櫻井覺山さん。


被災地の惨状に、それぞれの方がいつも自問自答しながら苦しんでいた。


この活動が広く多くの方の賛同をうけ、多くの方に関わって頂きたいと思っています。


千羽鶴のように、一人、一人が祈りを込めて一羽の鶴を折るように仏像が出来たら素晴らしい。

亡くなられた魂を安らげ、多くの方が祈りを捧げられますように・・・

そして、多くの方の心の拠り所となりますように。
by gizankatoh | 2011-07-27 15:15 | 東北に仏像を

コンディション。。。

自分の「形」を信じる為に、

導き出した「面」を信じる為に、

日々、淡々とコンディションを整える。


その後、振り返った時に「ああすれば良かった、こうすれば良かった・・・」と言うのは毎度の事である。

しかし、その日、その時、その瞬間に導き出した「形」を信じる事が出来なければ終わりだ。

彫刻で飯を食う資格は無い。


「技術が至らない」とか、「見る眼が無かった」と言う事は仕方が無いが、

コンディションを整え、全身全霊で作品と向き合うのは、自分の仕事への責任と、作品に対する礼儀。


「今」に対する礼儀と責任。

「百年後」に対する礼儀と責任。



『「粗雑」という病気は絵からとり払わねばならない。「稚拙」はゆるせる、「未熟」もかまわない。「粗雑」は心の病だからである。』

<日本画家 小倉遊亀の言葉>
by gizankatoh | 2011-07-26 11:08 | 月鏡

佐々木 誠さん。。。

佐々木 誠さん。

すっかりファンになってしまった。。。

いや、以前からファンだった。


自分が木彫師の下に弟子入りして間もない頃、作品を目にしてから、

その造形に魅了されてしまった事は以前にも書かせて頂いた。

しかし、ご本人にお会いして、その造形の奥にある根源を垣間見、知る程に、

その奥深さ、重さ、芯の強さに、さらに魅了されてしまった。


あの形の根源にあるものは日本の風土であり、民族の歴史であり、神話だった。

古事記、日本書紀、万葉集・・・


静かにうごめく形。

まるで生命体のように・・・


土着の神々・・・それぞれ「人」としての感情があり、表情がある。


素戔嗚(スサノオ)・・・泰然としていながらも「人」の気配を感じる。

荒ぶる魂を鎮められ、神として祀られている姿なのだろうか・・・


アマテラスと題された鏡・・・太陽を神格化し、日本の神の中において最高神であるアマテラスは、

もはや人の形、気配は無く、他を寄せ付けない無垢さと神々しさがある。


まったく感じ入ってしまった。


それは、日本の民族の歴史や神話、万葉への深い造詣が土台となり、強く、芯の通った作品を生み出しているのだと理解した。

その造詣の深さは彫刻のみならず、自ら万葉仮名で「長哥」も作られる。


表面的な「形の形」ではなく、「哲学から生まれた形」だからこそ説得力があり、重みがあり、力がある。


佐々木 誠 <羽黒洞>
by gizankatoh | 2011-07-22 15:18 | 美術の話

無根拠な自信。。。

自分には出来る。

自分がそう望んでいるから

自分には出来る

自分がそう信じているから


根拠の無い自信と、短いけれど歩いて来た道程を信じて。
by gizankatoh | 2011-07-20 10:14 | 月鏡

『イツカ、向コウデ』

人生は長いと、ずっと思っていた。
間違っていた。おどろくほど短かった。
きみは、そのことに気付いていたか?

なせばなると、ずっと思っていた。
間違っていた。なしとげたものなんかない。
きみは、そのことに気づいていたか?

わかってくれるはずと、思っていた。
間違っていた。誰も何もわかってくれない。
きみは、そのことに気づいていたか?

ほんとうは、新しい定義が必要だったのだ。
生きること、楽しむこと、そして歳をとることの。
きみは、そのことに気づいていたか?

まっすぐに生きるべきだと、思っていた。
間違っていた。ひとは曲がった木のように生きる。
きみは、そのことに気づいていたか?

サヨウナラ、友ヨ、イツカ、向コウデ会オウ。


        長田弘 詩集「死者の贈り物」より。
by gizankatoh | 2011-07-16 10:04 | 大切な言葉

名もない人々の尊さ・・・

無目的で生きてきた人々の尊さ。

悠久の時の中で、土を耕し、魚を捕り、飯を食らい、

土地の神様を崇め、感謝し、慎ましく生きてきた人々の尊さ。

そのような、尊い人たちの営みにより、歴史、文化は作られてきた。


土に寄り添い、季節に寄り添い、気候、風土・・・

少しづつ、少しづつ、永い、永い年月をかけて積み重ねられてきた。


歴史を積み重ねてきた、名もない人々の営みが

大きな、大きな大木のように、

しっかりと地に根を張り、

太い幹を天に向かって伸ばし、

枝を大きく空に広げている。
by gizankatoh | 2011-07-15 09:09 | 月鏡

あれから・・・

あの震災から四ヶ月という月日が流れた・・・

自分自身、悲しみと無力感と葛藤の中にあっても「立ち止まってはいられない」という思いから、

意識的にでも変わらない日常を過ごすようにしている。


・・・と言う事を「言い訳」にして、感情を殺して、現実逃避をして、心を「麻痺」させていたのかもしれない。


以前、お昼を食べながらニュースを見ていた。

被災地のニュースだ。

老人が道の上で、海に向かって花を手向け、しゃがみ込んで泣いていた。


目をそむける事が出来なかった。

涙が溢れた。

嗚咽して泣いてしまった。

涙が止まらなかった。
by gizankatoh | 2011-07-14 12:41 | 3月11日

non title...

醜さと

美しさと

弱さと

強さと

意志と

生き方と

すべて形に顕れる。
by gizankatoh | 2011-07-13 07:02 | 月鏡