カテゴリ:3月11日( 14 )

『潮の匂いは』・・・

8月6日、そして9日と広島、長崎の原爆の日を迎え、
今日は8月11日
東日本大震災の月命日。

今夜は詩を読みながら東北の地に思いを馳せます。
繰り返し、繰り返し・・・

一日も早く安らかなる日が訪れますように・・・
そう願っています。


『潮の匂いは。』

石巻西高等学校 文芸部 片平 侑佳(平成25年卒業)

 潮の匂いは世界の終わりを連れてきた。
僕の故郷はあの日波にさらわれて、今はもうかつての面影をなくしてしまった。
引き波とともに僕の中の思い出も、沖のはるか彼方まで持っていかれてしまったようで、もう朧気にすら故郷の様相を思い出すことはできない。

 潮の匂いは友の死を連れてきた。
冬の海に身を削がれながら、君は最後に何を思ったのだろう。
笑顔の遺影の口元からのぞく八重歯に、夏の日の青い空の下でくだらない話をして笑いあったことを思い出して、どうしようもなく泣きたくなる。
もう一度だけ、君に会いたい。
くだらない話をして、もう一度だけ笑いあって、サヨナラを、言いたい。

 潮の匂いは少し大人の僕を連れてきた。
諦めること、我慢すること、全部まとめて飲み込んで、笑う。
ひきつった笑顔と、疲れて丸まった背中。
諦めた。
我慢した。
“頑張れ”に応えようとして、丸まった背中にそんな気力がないことに気付く。
どうしたらいいのかが、わからなかった。

 潮の匂いは一人の世界を連れてきた。
無責任な言葉、見えない恐怖。
否定される僕たちの世界、生きることを否定されているのと、同じかもしれない。
誰も助けてはくれないんだと思った。
自分のことしか見えない誰かは響きだけあたたかい言葉で僕たちの心を深く抉る。
“絆”と言いながら、見えない恐怖を僕たちだけで処理するように、遠まわしに言う。
“未来”は僕たちには程遠く、“頑張れ”は何よりも重い。
お前は誰とも繋がってなどいない、一人で勝手に生きろと、何処かの誰かが遠まわしに言っている。
一人で生きる世界は、あの日の海よりもきっと、ずっと冷たい。

 潮の匂いは始まりだった。
 潮の匂いは終わりになった。

 潮の匂いは生だった。
 潮の匂いは死になった。

 潮の匂いは幼いあの日だった。
 潮の匂いは少し大人の今になった。

 潮の匂いは優しい世界だった。
 潮の匂いは孤独な世界になった。

 潮の匂いは――――――――。

by gizankatoh | 2014-08-11 20:54 | 3月11日

ことなる それだけのふさわしいことばが あてがわれるまで

「明日、自分の命が終わる」などと考えていた人は誰一人としていなかったのではないでしょうか。。。

3月11日の事。
人には人の関わり方、向き合い方があると思います。

“忘れない”という向き合い方もあれば、
“忘れる”ことでしか向き合えない人もいます。

被災地とはほんの少ししか関わりはありませんが、
被災地に思いを寄せて、寄り添って、“忘れないで欲しい”と願っています。


作家、辺見 庸氏の言葉が胸の奥に響きました。
痛々しく、荒々しく、ザラザラとして、優しく、悲しく・・・



『わたしの死者ひとりびとりの肺に

ことなる それだけの歌をあてがえ

死者の唇ひとつひとつに

他とことなる それだけしかないことばを吸わせよ

類化しない 統べない かれやかのじょだけのことばを

百年かけて

海とその影から掬(すく)え

砂いっぱいの死者にどうかことばをあてがえ

水いっぱいの死者はそれまでどうか眠りにおちるな

石いっぱいの死者はそれまでどうか語れ

夜ふけの浜辺にあおむいて

わたしの死者よ

どうかひとりでうたえ

浜菊はまだ咲くな

畔唐菜(アゼトウナ)はまだ悼むな

わたしの死者ひとりびとりの肺に

ことなる それだけのふさわしいことばが

あてがわれるまで』


詩集「眼の海」より 辺見 庸・・・



もうすぐ3月11日。
あれから3年が経とうとしています。

決して忘れません。
by gizankatoh | 2014-03-09 21:53 | 3月11日

あれから2年・・・

3月11日・・・

被災地である岩手県大槌町でこの日を迎えられないのは残念で寂しい。

去年の大槌町は朝から雪が降っていた。
自分は北国の雪に会えて嬉しく思った。
町の人は「雪はあの日を思い出すから嫌だ・・・」と言っていた。

「また来ますからね」と手を振って大槌の皆さんとお別れしてから1年が経つ。
ほんの少ししか関わりは無いけれど、
大槌の人達が、あの風景が、愛おしくてたまらない。

もう2年なのか、まだ2年なのか・・・

いや・・・“あれから”の時間を推し量るのはやめよう。
被災地の方はもっと複雑な思いでこの2年を過ごしてきたと思うから。

今日の2時46分、あの鐘が鳴らされる。

b0177891_8283411.jpg


薬師寺執事長 加藤朝胤師のご尽力によって復活した江岸寺の鐘
<三浦耀山 撮影>
by gizankatoh | 2013-03-11 07:05 | 3月11日

「あの日からのマンガ」- しりあがり寿 -

タイマーをセットしていなくても5時過ぎには目が覚める。

テレビをつけたらNHKの「こころの時代~宗教・人生~」にしりあがり寿さんが出ていた。


しりあがりさんも震災直後に大槌町に行ったんだ・・・


本は読ませて頂いたけど、稚拙な私には、しりあがりさんとは共通の言語と勇気を未だ持ち合わせていない。

来月、鎌倉でお会いした時に3月11日の事を少しでも話せる言語を私は持ち合わせているだろうか・・・


b0177891_7323887.jpg


3.11以降の作品を収めた「あの日からのマンガ」- しりあがり寿 -
by gizankatoh | 2013-03-03 07:35 | 3月11日

3・11以前と以後・・・

あの日から一年が経とうとしている。


自身の胸にも問い続けている。

何事もなかったように、3・11以前と同じであって良いのであろうか。。。

日常や大切なもの、希望・・・そして夢。


いや・・・3・11以前には戻れない。


あの見た事もない風景に相応しい言語というものを人類は持ち合わせているだろうか。

ひとりひとりの悲しみや苦しみに寄り添える言葉を持ち合わせているだろうか。

どのような表現も相応しい言葉が見つからない。


・・・3・11以降


自分にどのような表現が可能なのかは判らない。

せめて、その記憶の断片を刻み込む事は必要なのではないか。

そう考えた時、絵画や彫刻などは言語化出来ないものを表現する最後の手段なのではないだろうか。


絶望と悲嘆から目を背けないと言うこと。

嘆き、悲しみ、苦しみ、畏れ、悼み、祈り・・・

愛おしむように、ひとつひとつを丁寧に拾い上げ、すべてに誠実であること。


意思と意識、無意識を持って絶えず思考し続け、

あの3月11日の悲劇を記憶にとどめると言うのが私の誠実というものではないか。
by gizankatoh | 2012-03-01 15:12 | 3月11日

告白・・・

3.11以降、命が記号化されていった。


辺見 庸の「もの食う人びと」を以前に読んだ。

どんな内容だったかは憶えていない。。。



日曜日の朝5時、目を覚ましてテレビをつけた。

NHKの「こころの時代~宗教・人生~」で『私にとっての“3.11”』と題して、作家・辺見 庸氏が言葉を綴っていた。


辺見氏独特のものの見方から、気付かされる言葉や、胸をえぐられるような言葉が幾つもあった。

その一つに・・・


『これだけの数字が出てくると、そのような本当に哀切極まる「死」というものが軽く考えられてしまう。

80歳、90歳の人だから、もういいだろうという事になる。

そうではない。そういう人達こそ励まし合って生きるべきなんだよ。。。助けてあげなきゃいけないんだよ。。。

若いから、この人は有能だから、この人は社会に役に立つから、だから生きてもらうって言う事では絶対に違う。

この人は何の社会の役に立たない、ほっておいたって死ぬんだから。そう言う人達には生きてもらったほうが良いんだよ。

少なくとも、そういう精神を我々が持たなければ、もう「人」ではないよ・・・』




私は、あの震災と津波の中で、多くの。。。それは多くの亡くなった命の数々を事実として自分の中に呑み込むために、

老齢の方が亡くなったという事を「仕方がない・・・」と、悲しまないように断じた。

諦めと共に呑み込んだのだ。


私は畏れ、私は慄き、私は慟哭し、私は悼み、私は祈るしかなかった。。。

そして、人としての一つの感情を諦めた。。。放棄したのだ。


それでも泣き続ければ良かったのだ。

慟哭し続ければ良かったのだ。



そうして、数ヵ月を経た或る日の昼のニュースで、

老人が海に向かい道にしゃがみ込んで泣いている姿を見て、

閉じられた蓋が外れ、涙が溢れ出した。
by gizankatoh | 2012-02-25 08:55 | 3月11日

あれから・・・

あの震災から四ヶ月という月日が流れた・・・

自分自身、悲しみと無力感と葛藤の中にあっても「立ち止まってはいられない」という思いから、

意識的にでも変わらない日常を過ごすようにしている。


・・・と言う事を「言い訳」にして、感情を殺して、現実逃避をして、心を「麻痺」させていたのかもしれない。


以前、お昼を食べながらニュースを見ていた。

被災地のニュースだ。

老人が道の上で、海に向かって花を手向け、しゃがみ込んで泣いていた。


目をそむける事が出来なかった。

涙が溢れた。

嗚咽して泣いてしまった。

涙が止まらなかった。
by gizankatoh | 2011-07-14 12:41 | 3月11日

日常・・・

三月十一日。。。

あの日から、それぞれの人の中で何かが変わった。

被災された方々はもちろん、被害の少なかった関東地域の人間も、あれだけの強い揺れに恐怖したのだ。

その強い揺れを辿っていけば、目を覆いたくなるような甚大な被害。

あの瞬間に多くの尊い命が奪われていった。

遥かに理解を超えた世界。。。


あの日の事は、胸の奥にザクリと深く突き刺さったままだ。


自分にも、生活がある。

納める日が決まっている仕事もある。

今は、睡眠導入剤に頼らなくても、眠れている。

同じ時間に起き、同じ時間にアトリエに入る。

意識的にでも、日常を取り戻すように作品に向かう。


解っているんだ。三月十一日に起こった出来事は・・・。

時に、突き刺さるように、

時に、黒い影が覆い被さるように、

時に、じわりと浸み込むように。。。


それでも、時は過ぎる。

季節は移り行く。


あの日の事を胸に刻み込んで、自分に出来る事を探しながら、日常を過ごして行く。
by gizankatoh | 2011-04-30 07:54 | 3月11日

泰然自若・・・

東日本大震災・・・

関東でも激しい揺れにより被害が出た。


しかし、現在、比較的被害の少なかった首都圏では・・・

ガソリンスタンドに列ぶ車。

スーパーで物を買い占める人達。


流言蜚語・・・

集団心理・・・


今、人間が試されている。

「頑張る」のは被災地の方達ではなく、

そう・・・私達だ。


「泰然自若」たれ・・・
by gizankatoh | 2011-03-21 08:19 | 3月11日

銀色の月・・・

あの、震災が起きてから

眠れずに、睡眠導入剤を服用している。


真っ暗になった家の吹き抜けの窓から、

月明かりが射し込んでいることに気が付いた。。


まんまるで銀色の月の光は、息を飲むほど美しかった。

少し、ザラついていた心を包み込んでくれた。



多くの方が救われますように。。。

多くの方が笑顔を取り戻せますように。。。
by gizankatoh | 2011-03-20 07:02 | 3月11日