カテゴリ:月鏡( 253 )

人生の終末について・・・

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最近、特に人生の終末のことを考えます。

限られた時間(寿命)の中で、あといくつ作品を作れるだろうと思うのです。

また、計画していることが5年先、10年先に形になるといったことも多く、

畢竟、出来る事の限界や、人生の終末を考えざるを得ません。


それは作品を作るという事に限った話しではありませんが、

丁寧に生きて来なかったという報いが年々重くのしかかってくるように感じています。













by gizankatoh | 2016-05-21 07:32 | 月鏡

宇宙。。。

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数年前に納めさせて頂いた金剛界大日如来像。

この度、胎蔵界大日如来像とともに安置させて頂くためにお借りしてきました。


拙いが真面目である。

自らと向き合い、葛藤し、懊悩した末に現れたお姿だということが解ります。

過去の私に叱咤されているようです。

驕ることなく歩いてゆきたいと思います。












by gizankatoh | 2016-04-29 15:16 | 月鏡

金胎不二・・・

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「悲」と「喜」はそれぞれ別のものではなく、

二つで一つなのでしょう。

悲しみは悲しみだけでは存在せず、

喜びは喜びだけでは存在しません。

どうか、一日も早く心穏やかな日が訪れますように。













by gizankatoh | 2016-04-22 21:07 | 月鏡

故郷・・・

私にとって九州は故郷です。

熊本の皆さん、九州の皆さん、

見守っています。

そばにいます。

祈っています。












by gizankatoh | 2016-04-17 14:41 | 月鏡

比丘の孤独・・・

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木を彫っていたら日が昏れた

日日、彫って、食って、寝るだけだ

比丘の孤独もかくやあらん













by gizankatoh | 2016-04-02 20:56 | 月鏡

彼岸・・・

禅の言葉なので、軽軽に踏み入ることは憚られますが、
言葉を言葉だけで理解しようとは思いません。

『己事究明』

それが引いては人の為、また孝行にも通ずると信じておりますが時折迷いが生じます。
その事が利己的で薄情にも思え、後ろめたさを覚える事があります。

修業時代、師匠には「親(師)の首を取るくらいの気概でやれ」と言われ続け、
独立した後もそれが恩返しになると思って日々励んでおります。

彼岸の只中、懇意にしている真言宗の住職より供養について「手を合わせるのも一興。手を動かすのも一興」と言われ得心致しました。
自身と向き合い、道を求める事が孝行になり恩返しになり供養になると信じてこれからも励んでゆこうと思います。

己を究明し、生き切った先に信じるものがあるような心持ちがします。

しかし、それは無くても良いのです。













by gizankatoh | 2016-03-21 13:02 | 月鏡

備忘録・・・

先日読んだ画家の諏訪 敦さんのブログの言葉に救われたんだ。。。

涙を流しながら何度も何度もその言葉を抱きしめた。

「いいから自分の絵画を続けろ。そのうちいいことあるって。」












by gizankatoh | 2016-03-18 15:15 | 月鏡

丸裸・・・

作家って稼業は「生き方」を切り売りして生きてるんだね。

作品は命の断片。

生ぬるい生き方をしていれば、生ぬるい作品になる。

生き方と作品はイコール。

丸裸だ。













by gizankatoh | 2016-03-17 21:31 | 月鏡

森信三『終身教授録』より・・・

「わが身に降りかかってくる一切の出来事は、

自分にとっては絶対必然であると共に、また実に絶対最善である」

私自身が その根本信念において

あくまで揺るぎなく生きていきたいと思うわけです。












by gizankatoh | 2016-03-16 21:12 | 月鏡

諦めないということ・・・

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駒が取られて策が尽きたかと落胆するも、

それならば持っている駒で何が出来るのか、

何をすべきかと方法を思案する。

諦めるまでは負けとは言わない。












by gizankatoh | 2016-03-01 20:43 | 月鏡