ことなる それだけのふさわしいことばが あてがわれるまで

「明日、自分の命が終わる」などと考えていた人は誰一人としていなかったのではないでしょうか。。。

3月11日の事。
人には人の関わり方、向き合い方があると思います。

“忘れない”という向き合い方もあれば、
“忘れる”ことでしか向き合えない人もいます。

被災地とはほんの少ししか関わりはありませんが、
被災地に思いを寄せて、寄り添って、“忘れないで欲しい”と願っています。


作家、辺見 庸氏の言葉が胸の奥に響きました。
痛々しく、荒々しく、ザラザラとして、優しく、悲しく・・・



『わたしの死者ひとりびとりの肺に

ことなる それだけの歌をあてがえ

死者の唇ひとつひとつに

他とことなる それだけしかないことばを吸わせよ

類化しない 統べない かれやかのじょだけのことばを

百年かけて

海とその影から掬(すく)え

砂いっぱいの死者にどうかことばをあてがえ

水いっぱいの死者はそれまでどうか眠りにおちるな

石いっぱいの死者はそれまでどうか語れ

夜ふけの浜辺にあおむいて

わたしの死者よ

どうかひとりでうたえ

浜菊はまだ咲くな

畔唐菜(アゼトウナ)はまだ悼むな

わたしの死者ひとりびとりの肺に

ことなる それだけのふさわしいことばが

あてがわれるまで』


詩集「眼の海」より 辺見 庸・・・



もうすぐ3月11日。
あれから3年が経とうとしています。

決して忘れません。
by gizankatoh | 2014-03-09 21:53 | 3月11日
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