ご支援、ご協力をお願い申し上げます。

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‐縁<ENISHI>‐ 東日本大震災 仏像奉納プロジェクトとして、
震災、津波による甚大な被害を受けた岩手県大槌町の「江岸寺(こうがんじ)」様に、
ご本尊として「釈迦如来坐像」を奉納させて頂ける事になりました。

江岸寺の副住職、大萱生 良寛(おおがゆう りょうかん)師は、
自らも津波に呑まれながらも一命を取り留めましたが、お父様とご子息が現在も行方不明。
津波と火災により堂宇のことごとくが失われました。

現在、弟の知明(ちみょう)師と寺院再建に向けて尽力されていますが、まったく見通しが立っていません。

仏像の奉納に向け、少しでも多くのご支援、ご協力を賜りたいと存じます。
皆様から頂きましたご寄付は造仏の経費に充てさせて頂きます。

ご寄付を頂く際、お住みになられている都道府県、もしくは市区町村とご芳名をお知らせ下さい。
皆様のご芳名を名簿とし、仏像の台座の中に納めさせて頂きます。

お一人、お一人の祈り、鎮魂の思いが一羽の鶴となり、千羽鶴のように皆様の思いを込めた仏像をお迎えし、
百年後、千年後の未来へと伝えて行きたいと存じます。

宜しくお願い申し上げます。

*仏像奉納プロジェクト概要


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                                         ・・・激しい火災により熔解してしまった梵鐘

一口 1,000円
振込口座
みずほ銀行 春日部(かすかべ)支店 
普通)1224338
口座名 仏像奉納プロジェクト

*振込手数料が別途掛かります。

Email : butuzohono@gmail.com
Blog : -縁<ENISHI>-東日本 仏像奉納プロジェクト
Facebook : Facebook 仏像奉納プロジェクトページ
(*コメント欄へのご記入でも結構です。)



以下、江岸寺の記事です。。。
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 岩手県大槌町指定の避難場所「江岸(こうがん)寺」では、住民ら約30人が波にさらわれ死亡・行方不明になった。
この場所に建立して300年。幾度の津波も乗り越え、昭和三陸津波(1933年)にちなんで毎年、避難訓練が行われてきた。
住民が「安全」と信じて駆け込んだ場所さえも、今回の津波の前には無力だった。

寺は海岸から約500メートル離れた高台にある。
副住職の大萱生良寛さん(52)らによると、11日の地震発生直後、寺には100人を超える住民が逃げてきた。

「大津波警報」が発令され、良寛さんらは裏手の山に逃げるよう呼び掛けた。しかし、30人ほどは身動きがとれず、座り込んでいた。
いったん裏山に逃げた長男寛海(ひろうみ)さん(19)は、動けなくなった人を助けようとしたのか、駆け下りていった。

玄関付近で住民を誘導していた妻智子さん(52)が振り返ると、泡立つような波が目前まで迫っていた。
悲鳴を上げながら良寛さんにしがみつくと同時に、油くさい真っ黒な濁流がなだれ込んできた。良寛さんや智子さんらは波にのまれた。

「おじいちゃーん」「ひろー」。智子さんは冷たい波の中に漂いながら、義父の秀明住職(82)や寛海さんの名前を叫んだが、返事はなかった。
夫妻はがれきとともに海中を漂った末、救出された。秀明さんと寛海さんらの安否は分かっていない。

寛海さんは愛知学院大学に在学中で、この日は帰省中だった。「ただただ悲しい。『絶対に安全』なんて、もう、ない」。智子さんは嘆いた。


(毎日新聞 『東日本大震災。30人が不明。避難所指定の大槌町・江岸寺』 2011年3月27日より)



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被災僧侶の使命感 4カ月以上経った大槌町の今

まもなくお盆を迎えますが、東日本大震災の被災地では犠牲者や行方不明者の葬儀が連日、各地で執り行われています。
津波で壊滅的な被害を受けた岩手県大槌町(おおつちちょう)には被災者のために読経を続ける僧侶の姿がありました。


岩手県大槌町で被災を免れた寺の本堂に響く読経。
ここでは今、東日本大震災で犠牲となった人の葬儀が連日続けられています。
大槌町ではおよそ7割の家屋が流され町内に7軒あった寺も2軒が流されました。
町の大部分が浸水し794人が死亡、710人が行方不明となっています。(8月3日現在)

津波の犠牲者のためにお経を上げ続けている大萱生知明(おおがゆうちみょう)さん(46)も被災者の1人です。



町の中心部で父と兄とともに守っていた曹洞宗の寺・江岸寺が津波に襲われたのです。

【江岸寺・大萱生知明さん】
「ここにはね300年間、総ケヤキの山門が建ってた。かなり大きな文化財になってたけど…」

今は跡形もなく取り壊された江岸寺。
海岸から600mほど離れていて創建以来一度も津波の被害がなく、大槌町指定の避難所にもなっていました。



【大萱生さん】
「場所がね、思い出してダメなんだね…」

あの日も、多くの人が寺に避難してきました。
大津波警報を受けて知明さんたちは避難してきた人たちに裏手の山へ避難するよう呼びかけていました。

【大萱生さん】
「足の悪い年寄りの人たちが『和尚さん、登れない』と境内に座りこんできた。
人数にしたら40人弱だったと思うんですけど、そのうち『和尚さん、寒いから中さ入れてくれ』と。
止めようがないんですよ、避難所ですから」

本堂で避難した人たちの対応に追われる中、知明さんもあの津波に呑まれたのです。

【大萱生さん】
「天井がこの高さでどんどん波がきて本当に怖かったです。『やっぱり水死するんだな』と。
『息ができない』と思って瓦礫で天井に穴開けようとしたんですけど、天井が硬くて無理で『あ、死ぬんだ』と思った時にさーっと水が引いて…
そのうち、本堂に光が入って来た。窓から。
よく見たら、おじいさんとおばあさんが畳の上に載ってた。そこまで行きたくても行けない状態。
そうしてるうちにおじいさんとおばあさんが畳の下に水に浸かっていった…」

水が引いて助け出されてみると父・秀明(しゅうみょう)さん(83)の姿はありませんでした。
津波は父と寺と、寺を頼ってきた人を奪ったのです。

今は被災を免れた親戚の寺で、檀家と向き合う知明さん。
知明さんが身を寄せる大念寺には、多くの遺骨が保管されています。
身元が分かってもお墓が流された人、ほかに流された家族が見つかるまで葬儀を待つ人。



あの日も感じた無力感―。
癒えることのない悲しみに囲まれながら、出来る限りの対応を心掛けています。

連日、檀家から葬儀の依頼や供養の相談が絶えることなく寄せられています。
ようやく遺体が見つかった人だけでなく、ここにきて行方不明のままとなっている家族の葬儀を
お盆までにしてほしいとの依頼も増えていて予定は一杯です。
多い時で1日8件。
それも、1件1人とは限りません。家族何人かを一度に送ることもあります。
知明さんが家族ぐるみの付き合いをしてきた人や友人が犠牲になっていることも多く、時間にも、気持ちにも余裕がありません。



【大萱生さん】
「気持ちがね、本当はよそに行っちゃだめなんです。ずっと拝んでないといけないのに、
やっぱり思い出したりするとスーッと抜けてしまう。きのうきょうと続いていたので…
寺の役割は本当は檀家さん達の話をゆっくり聞いてあげることだと思うんですよ。くだらない話でいいから。
その余裕がないのが一番辛いですね。
自分もね、やっぱりまだ、ちょっとしたことで感情がね、みんなそう。止められない。
泣き顔は見せたくないけど、みんなそうなのさ。それでも忙しいふりをして笑ったりしてるわけ」

身元が分からないまま火葬された遺骨もここで保管されています。

誰にも弔われることのない遺骨―
多い時には150体を超え、DNA鑑定で少しずつ身元が分かってきていますが、それでもまだ100体近くが残っています。

知明さんの父・秀明さんは今でも行方不明のまま。
津波の後、火災に見舞われた寺の鐘にわずかに足跡が残るばかりです。

檀家を優先するため、まだ父を弔うこともできません。

300から400の墓も被害に遭った江岸寺。
いつまでもこのままにしておくわけにはいかず、知明さんは日々、葬儀に追われる中、寺の再建についても考えなくてはなりません。

【大萱生さん】
「倒れてもやろうっていう覚悟。義務感?うーん、責任感だね、責任感。
こんな状態の町を見て、ああやって片付けてくれる人もいるんだから、そういう檀家さんは裏切れないですもんね。
生まれてからずっと寺で育ってきてるのにね」


被災者である前に自分は僧侶―
知明さんは、折れそうな気持ちを奮い立たせ、町の人の魂を癒し続けています。


(スーパーニュースアンカー 2011年8月3日放送より)
by gizankatoh | 2011-12-06 08:21 | 東北に仏像を
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